2019年4月 2日 (火)

猫探偵

最近、猫ちゃん探しの電話相談が増えています。
開業16年で、過去にないペースです!

その理由はやはりあれです。

そうです、「志村どうぶつ園」の影響でしょうね!

日本テレビ系「天才!志村どうぶつ園」で、半年ほど前から神奈川県の猫探偵・遠藤さんが登場し、猫探偵(ペット探偵)の存在が知られるようになったためですね。

春になってきて、猫ちゃんたちの活動も活発になっているため家出が増えていて、相談も増えています。

この猫探偵というのは、専業としては20年くらい前から東京あたりで少しずつ出てきた業種で、30年くらい前から何人かの方が個人でやっていましたが関東全体でもわずか3人ほどしかいない珍しい仕事でした。だいたいが探偵業か便利屋からの転業組です。この方たちが第1世代という感じです。

その個人でやられていた方などに調査手法を学んで、さらに独立開業したのが志村どうぶつえんにも出演されている遠藤さんたち関東第2世代です。
ボクが探偵業をスタートさせた16年前には遠藤さんもホームページなどを持っておられなかったと思います。当時、めちゃめちゃ調べたんですが個人のサイトは検索で出てきませんでしたから。ただ、猫マニアの方のホームページに掲載されていて、当初はそういうところから仕事をもらっていたんじゃないかなぁと思います。

ボクが16年前に探偵を始めた話は、ひとつ前のブログに流れを書いているのでそこも参照してほしいのですが、ボクは当初、大手探偵社に所属していました。
そこで猫探しの相談が舞い込んだのですが、日本最大の大手探偵社なのに猫探しのノウハウは全くなくて、元々猫探しに興味があったボクはその時点でいろいろと知識があったので、自分がその手法をまとめ、業務を引き受けることになりました。
その大手探偵社では全くノウハウがないのに猫探しの相談と契約を受け付けていて、ノウハウがないんだから探せるはずもないのに、ろくに探せもせずに平気で高額費用を取る悪質なことをしていました。

ところが、日本中ほぼの全ての探偵社が同じようにろくに探せもしないのに仕事を請け負っていたんです!
これが探偵社の実態でした。今でも変わってないですけどね…。ろくに浮気調査もできないのに高額な費用で請け負っている探偵社がほとんどですし。

そこで大手探偵社の調査部は役に立たず、ちょうど猫探しのノウハウを組み立てたボクが請け負ったわけですが、初めての猫探しは発見できずに終わりました…。
でも、それは多くの探偵社がそうですが高額費用を請求していたため、依頼者さんの予算が足りず、数日で終了となったためでした。
もう少し日数があればいけたかもしれないと思います…。

その時も思いましたし、日頃請け負っている浮気調査においてもそうなんですが、ほとんどの探偵社が高額料金ですから、予算がなくなる方が多いのは当たり前なんです。
ボクは自分が独立したら、ぜひとも日本一安い金額で浮気調査を請け負い、多くの方の要望に応えられるようにしようと心に誓いました。
そのために、その後すぐに岩手にUターンして開業をするに至ったわけです。

ところが独立開業して、難しい状況となりました。
それは、猫ちゃん探しも、人間の調査も、経費は一緒で、拘束時間も同じなわけです。しかも猫ちゃん探しの方が体力を使うのです!
人と猫の費用の差をつけることは難しく、人の調査を受ける金額と同じ金額でなければ採算が取れないという事態となったのです…。
やはり岩手ではそこまでの予算が出せる方が少なく、依頼のミスマッチとなってしまいます。

関東の猫探偵さんたちは、個人事業で、かつ関東は人口が多い分、猫探しの依頼も多く、お金をポンと出す方も多いわけです。
東京の猫探しの相場は1件あたり平均12~15万円くらいなようですから、個人が月に3件の依頼を受けたら、月の給料は40万円ほどになるのです。関東はそれだけで充分食べて行けますね。
関東の猫探偵さんたちの住所をグーグルマップで確認すると、皆さん全員事務所は一軒家の自宅です。事務所経費もいらないので、利益率はかなりのものだと思います。

時代は昔よりもペットを大事にする傾向となっていますから、依頼は尽きず、関東の猫探偵たちは猫探しだけで充分ビジネスになるわけです。
テレビに出ている遠藤さんも今ではバイトさんを雇ってさらに業務拡大中とお聞きします。うらやましいです…。

いくら人間の調査では日本で一番安い料金設定のうちでも、2人の調査員が数日間も拘束されて10万円程度では大赤字です…。
猫探偵という仕事は個人でなければ引き受けることは難しいということになりますね。

おそらく東北地方で猫探しのノウハウを持っているのはボクだけだと思います。
東北地方の他社さんのホームページを全て見ましたが、猫ちゃん探しのノウハウがあるところはありませんでした。
でも、そもそもうちでは人間の調査の依頼がすごく多く、すぐに今日から猫探しを始めるというのはスケジュール的にも難しいことです。
金額的にもそうですが、それ以上に猫探しはすぐに始めるのが鉄則ですので、忙しい当事務所ではなかなかお受けできない状況となっています。
ノウハウがあるのに、これは本当に悔しいことです。

でも、実際に数年前は、自分の技能が本当に優秀なのか、不安なところもありました。
もしかしたら、今はもっと裏技なんかがあって、自分が時代遅れだったりしないかと考えたからです。ノウハウも自分で編み出したに過ぎず、誰かと比べたこともなかったですから。

ところが、志村どうぶつ園や他のテレビ番組、ドラマ、本などをチェックしてみたら、遠藤さんを始め知名度の高い猫探偵さんたちはボクと全く同じ考え方で、同じことをしていました。
これには本当にホッとしました。
自分が古いわけではない、むしろ新しいことをしているとわかっただけでもうれしかったです。こうしたメディア情報からわかったのは、15年前からトレイルカメラを使用して探索する方法を始めたのはボクが最初の方だったようです(1番なのか2番なのかはわかりませんが)。

自信を持って自分のノウハウを活用して猫ちゃん探しをしたいところなんですが、人間の調査が忙しくなかなか機会がありません…。
これを解決するには、人間の調査費用を他社並みにドカンと上げて利益を出し、スタッフを増やしてから、ボクが猫ちゃん探しを安く請け負うということでしか無理なんだと思います…。

でも、浮気調査の価格をドカンと上げてしまえば、お金がないけど頑張って浮気調査を依頼される方に不利益となります…。
なんともできない難しい問題です。
何か良いアイディアがあれば、どなたかアドバイスをいただきたいところです…。ビジネスのお話しなので難しいですが(^_^;)

本日も探偵業界の闇をぶっちゃけてしまいましたが、皆さんにもご自分が依頼することを考えて、こういった事情を知っていただけたらと思います。

2019年4月 1日 (月)

開業16年目のスタート

いつもこのブログを読んでくださっている常連さん、そしてお初の方もこんにちは。
今日は4月1日です。
本日はいちご探偵事務所の開業から16年目のスタートとなる記念の日なんです。

16年前の今日、探偵としての業務をスタートさせました。
実は正確にはその半年前に、個人で探偵として勉強を始め、知人のための相談・調査を開始してはいたのですが、業としては行っていませんでした。
当時は自分で名乗ったら探偵業開業のスタートが可能ないいかげんな時代でしたので、そこを探偵業のスタートとしても良いのですが、きちんと業として始まった日を開業としています。この日から探偵業をスタートさせましたが、すぐにはプロになれませんので、他社に修行に行き(当時そこは日本一大きな探偵社でした)、自分の業務と並行してスタートさせました。

ところが、大手探偵社で働き出したものの、ほとんどの探偵社は依頼者さんを口八丁手八丁でだまし、高額料金で契約させるという悪質な経営手法の会社ばかりだと知り、すぐにその会社での仕事もやめ、大手探偵社の調査員よりも撮影技術はむしろ自分の方がはるかに高いと判断して、岩手にUターンして自分の事務所を本格スタートさせることになりました。

今では日本のプロ業者で最も安い料金ランクで調査を請け負う業者の一つとなり、北東北の多数の依頼者さんにご利用いただいています。

あれから16年。
途中、震災などもあり、すごく早い年月だったと感じています。

配偶者の浮気やDV、モラハラなどでお悩みの方の一助になればと奮闘してきた16年です。
この16年、個人的には震災時の臨時災害放送局の立ち上げや、面会交流支援のお手伝い、テレビ局の撮影業務など、本業以外にもいろいろとやらなければならないこともあり、今も毎日毎日忙しい日々を送っています。

特に東日本大震災の時は臨時災害放送局の立ち上げと番組制作で本当に忙しく、過労から病気にもなりました…(過労で本当に病気になると初めて理解しました…)。
震災当日に沿岸にいて、あの日のことを直接目の前で見ましたので、人的・物的被害のなかった自分ができることを精一杯やろうと、沿岸の町で臨時ラジオ局を立ち上げて、市民に対する情報提供や、少しでも気持ちの復興のためになればと数多くの番組を送り出しました。
臨時ですのでプレハブでラジオ局を立ち上げ、24時間番組を送り出しました。立ち上げ自体はたいして大変ではありませんが、日々の番組制作は少ない人間で制作しなければならないので本当にキャパオーバーで、探偵業との両立がギリギリでした。

体を壊してでも、自分がやらなければ沿岸の田舎町でラジオ放送は続けられないと必死でした。

震災当日の話を少ししたいと思います。
3月11日午後15時過ぎに見たのは、避難が遅れた青年や障がい者の方が津波で自宅と共に流されていく光景でした…。
実はこの話をするのは初めてです。

青年は「助けて」と何度も叫びましたが、誰も助けることはできませんでした。
ろうあ者の女性は音も聞こえず声も出せずに自宅と共に流されました。沖合からもまだ声は聞こえていました…。

そこにいた人々は本当に無力でした。ボクも自分があまりにも何もできないことにも茫然としました。
津波から人を助けることは誰にもできなかったんです。
だからこそ、壊滅した町を見て自分ができることは以前従事していた放送の仕事を通して、被災した方に寄り添い、人々のなぐさめとなる番組を作ることだったということです。
岩手県沿岸には放送技術を持つ人がいなかったので、とにかくやるしかなかったんです。

臨時ラジオ局開局で一番最初にかけた音楽は、失明されているテノール歌手・アンドレア・ボッチェリと新垣勉さんの歌う楽曲でした。
目の前で亡くなったろうあ者のおばちゃんへの追悼の気持ちと、ラジオを好んで聞く視覚障がい者の方へ向けて「この放送局は障がいのある方のことを忘れませんよ」のメッセージとしました(誰にも気づいてもらえなかったとは思いますが…)。

震災当初3か月間ほどは震災の影響で探偵業の依頼も少なかったので、ボランティアもしていましたが、徐々に依頼は元通りになり、そこから3年ほどはラジオ局の運営との両立は厳しいものがありました。
沿岸の方たちのためにと、情報番組、お年寄りたちが出演する番組、障がい者が出演する番組、公衆衛生の健康番組、若者たちによる番組、弁護士さん出演による法律番組、子どもの健康についての医療番組など様々なジャンルの番組を制作しました。

ラジオの業務を終えて今は探偵業をしっかりやっているわけですが、今でもまだ何かできないか、を模索しています。

東北以外の人には過去の話かもしれませんが、ボクには今も過去の話ではなく、現在進行形の話と受け止めています。
震災当日からの時間経過には驚くばかりで、今も気持ちはあの日に留まっている部分があることに気づいては思い悩むことがあります。

震災から丸8年が過ぎ、探偵業も16年目です。
本日、新しい元号も発表されましたし、新しい気持ちで臨みたいと思いつつ、あの日の殻にとらわれている自分もいるわけですが、毎日新しい相談者さんが現れて、依頼が発生しているわけです。相談者さんお一人お一人とはとても新鮮な気持ちで向き合っています。
そういうお客さんたちに支えられて、この16年間がありました。

単に探偵業をやっているのではなく、この16年の出来事をとても重くとらえ、いわば自分の気持ちを支えてくださっているお一人お一人への感謝の思いは他社の探偵にはない大事な部分だと思っています。

16年目のスタート。
また新しい依頼者さんとの出会いが生まれます。
困難な状況にあるみなさんと一緒に頑張っていこうと気持ちを新たにしていきます。

またこの1年もよろしくお願いいたします。

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